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「エイト・タイムズ・アップ」

「エイト・タイムズ・アップ」TIFF最優秀女優賞受賞
気鋭の小説家でもある32歳のシャビ・モリア監督の
長編デビュー作で、何度失敗しようとくじけずに立ち直る
ことを意味する日本の諺『七転び八起き』からタイトルを
とったフランス映画(アジアン・プレミア)。
テーマは現在の世界的不況を反映する失業問題を
扱ったシリアスなものだが、タッチは軽妙で、逆境にも
負けずに、少しずつ前進していく人間たちの姿を、時に
リアルに、時にユーモラスに描いた快作である。
就活中のバツイチ女性エルザ(ジュリー・ガイエ)は、
いつも面接で失敗してばかり。
深夜のバス掃除や金持の家での子守りなどで糊口を
凌いでいるが、定職がないがため、親権をガッチリ
握っている元夫と暮らす息子とは、たまにしか会えない。
家賃の滞納でアパートからの退去を迫られていた彼女は、
ひょんなことから隣人のマチュー(ドゥニ・ポダリデス)
と言葉を交わすようになる。彼もまた無職だったが、
飄々と生きている中年男だった。だが抵抗むなしく、
やがてエルザとマチューは相次いでホームレスに。どん底
生活に甘んじつつも、めげずに就活するエルザだったが…。
空回りしながらも奮闘するエルザの姿と、彼女とマチュー
の交流を温かい視線で見つめた作品だが、主人公の欠点も
サラリと晒して見せているし、生半可なハッピーエンドに
しなかった点にも好感が持てた。
本作のプロデューサーにも名前を連ねている主演女優の
J・ガイエは、『君が、嘘をついた。』『ノボ/NOVO』
『メトロで恋して』『ぼくの、大切なともだち』等の
出演作が日本でも公開されているフランスの美人女優だが、
すっぴんを厭わずに、主人公の“切羽づまりぶり”を的確かつ
リアルな演技で表現し、見事、最優秀女優賞に輝いている。
公式記者会見で知ったのだが、本作はジュリー・ガイエが
主演し、シャビ・モリアが脚本&監督した短編映画を基に
して、ストーリーを膨らませ、長編化した作品なのだそう。
だが、その短編は、あまりにも暗く、作った当人たちでさえ
気が滅入ってしまう作品だったため、登場人物の名前も
設定も全て同じにして、違った形で物語を伝えられないかと
思ったことが、本作を製作するきっかけになったという。
さらには、長編おいても脚本は幾つかのバージョンを経て
おり、最初のバージョンではコメディ色は、ほとんど
薄かったというから驚きだ。
コメディ色がぐんと強まったのは、『レセ・パセ 自由への
通行許可証』『サガン – 悲しみよ こんにちは -』で知られる
演技派俳優ドゥニ・ポダリデスの出演に因るところが大きい。
そもそも、隣人マチューの役は当初から存在していたが、
重要な役柄ではなかった。もっともっとコメディ色を強め、
ファンタスティックな要素も加味したいなと考えた後に、
コメディ俳優として定評のある彼の起用を(J・ガイエの
推薦によって!)決め、その持ち味を存分に活かすべく、
脚本を彼にあわせて書き変え、マチューの役柄をどんどん
膨らませていったのだという。
そしてマチューとエルザを壁の向こう側にいる双子の
兄妹の様に描くことにし、同じ境遇に置かれてはいるが、
マチューは、よりユーモアのセンスをもって世間に対応して
いる合わせ鏡のような存在の人物にすることにした。
ちなみに、基になった短編は、エルザが息子と久々に会い、
所持金が少ないにも関わらず、出かけた小旅行の模様を
描いたモノで、長編の終盤近くに登場するくだりだ。
(尺は25分弱でタイトルは『S’éloigner du rivage』)
そう言われれば、確かに他の部分とはかなりテイストが
異なる。特に、エルザがひと気のない寒々とした海辺で
息子とボール遊びをするシークエンスは非常にシリアスで、
キリキリとした緊迫感すら漂っているのだ。
子役を撮影で危険に晒すことを避けるため、海での撮影は
子役とエルザとが絡む場面とエルザだけの場面に分けて、
別撮り(つまりJ・ガイエは2回、海に浸かった)して
編集したが、長編化するにあたり、ロケ地の異なる海辺で
追加撮影を行ったので、結局、彼女は3度、季節外れの
冷たい海にずぶずぶと入っていく羽目になったと言う。
この他にも、J・ガイエは、色々なエピソードを楽しげに
披露しながら、監督をしっかりフォロー。公式記者会見は、
大いに盛り上がった。
ここまでの美人女優(しかもフランス人)だと、とっつき
にくさがあるものだが、彼女はまったく衒いがない人で、
本当に気さく(しかも賢い。実は4年前のフランス映画祭で
『メトロで恋して』が上映された折りに、インタビューした
のだが、驚くほど機転がきくので、ビックリした覚えがある)
なのだ。まさしく才色兼備。そしてフレンドリー!
なので、今回、初めて彼女の素顔に接した映画祭関係者および
記者陣にファンが急増したであろうことは想像に難くない(笑)。