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「ビルバオーニューヨークービルバオ」キルメン・ウリベ著

この本を読んで、サンセバスティアン映画祭
行こうと決めた。
最初は、遠いし、「ご招待ですよ~」と言いながら、
チケットは自腹だし、ホテルも本当にとってくれるのか
どうか分からないし、その上、パネルディスカッションに
出てくれ、という電話が夜中にかかってくるし、
秋の映画の宣伝中だし…「どうしようかなあ」と
思っていたのだ。
でも、読み進めて行くうちに、せめてビルバオ美術館にある
アウレリオ・アルテタの壁画がみたい、と思った。
オンダロアまでは行けないだろうけれど、ビルバオなら、
サンセバスティアンへの通り道。
そのあたりの空気だけでも吸ってみたいと。
バスクの詩人、キルメン・ウリベの処女小説、
「ビルバオーニューヨークービルバオ」は、
その前に読んだボラーニョの「2666」から
少し距離をおけるようになるまで、読み始めることが
できなかった。
「2666」の感想も後ほど。実は、途中で
長い感想をメールで出したまま、約束していた
読後の感想を書いておらず、そのうちに、また読み返す
はめになり、しばらく離れられなかった)
本も映画もなるべく、前情報は入れないようにしている。
帯の言葉も表紙は目に入るけれど、裏側は読まない。
なんだか楽しみが半減するような気がするから。
本を開き目に飛び込んできた1行目。
「魚と樹は似ている」
この1文で、あとはもう何も考えず、小説の中に
入っていった。何も考えず…。
だから読み進めて初めて、「僕」が、キルメン・ウリベ自身で
これからビルバオーニューヨーク間の飛行機に乗る
ことが分かる。フランクフルト経由でニューヨークまで。
その間に、「僕」が小説を書こうとしていること、
バスクの画家、アウレリオ・アルテタと建築家バスティタの話、
バスティタと社会党の政治家プリエト、祖父のリボリオと漁師たち、
一番先にインタビューした父の叔母マリチュ、
そして、自分の妻ネリアと妻の息子ウナイ、様々な人々たちが
過去と現在を縦横無尽につないでいく。
フランクフルトからは、「着陸まで ○時間○分」という
表示が時々でてくるのだけれど、それで現在に引き戻されるまで、
内戦時代やそれ以前、以後の物語にどっぷり浸かってしまう。
「はっ」と気づく形で、機内の食事サービスが始まったり、
隣の席のレナータとの会話が始まったり…。
まるで「僕」の宇宙の中を一緒に旅して、時に、
めまいがしたかと思えば、ふっと我に返るほど、
境界なくつながっているのだ。
過去と夢、記憶と現実、
オンダロアとビルバオ、ロッコール島、
ストーノウェイ、エストニアもニューヨークも。
着陸までの時間が短くなればなるほど、
ページをめくる手が、ゆっくりになる。
終わってほしくない物語。
そして、最後の詩。
最近、涙腺がゆるんでいるので、しばらくは、
呆然としたまま、頭の中で
「マイテ、マイテ」という言葉だけが響く。
飛行機に乗って別の時空間を旅するのは、
とても自由だ。この東京のど真ん中の渋谷に
いながら、ビルバオからニューヨークまで
旅する人の、別の旅を小説として経験できるのだから。
この中の様々な逸話は、今、公開中のドキュメンタリー
メキシカン・スーツケース」を観た人に
ぜひ、読んでほしいと思った。
中でもアルテタとプリエトがメキシコに亡命した下りや
僕の祖母が両方の側の人を下宿人として住まわせていたこと、
なぜ、祖父のオリボルがフランコ側だったのかという疑問。
スペイン内戦が分からなくとも、あの
「メキシカン・スーツケース」で伝えたかったことと、
この「ビルバオーニューヨークービルバオ」に
でてくる人々の言葉が呼応する気がした。
「頭で考えることと心で感じることは別物なのよ」
金子奈美さんの愛がこもった訳がすばらしい。
バスク語から翻訳しながら、スペイン語だけではなく、
後半部分に関しては、バスク語から他言語に翻訳する
訳者のために著者自身がスペイン語版の変更点を取り入れた
もう一つのバスク語テキストをも参照にしたと言う。
ここまでしたのは、きっと日本語版だけだろう。
この本に声があるとしたら、低めの、でも、
力がある落ち着いた静かな声だと思った。
それは、そのまま、金子さんの日本語が醸し出す
声だ。その声が、ぶれることなく、軽快になったり、
重厚になったりするところが、本書の魅力だと思う。
難破船から引き上げたビスケットの話や、フランコ来訪と
アトレティック・ビルバオがらみの話は臨場感があって
思わず「ふふっ」となった。
バスクの作家といえば、ベルナルド・アチャガの
“Esos Cielos” (元ETA「バスク祖国と自由」の闘志だった女性が、
服役していた刑務所からバスでビルバオに戻るまでを
描いた作品)をスペイン語で読んだだけなのだが、
このキルメン・ウリベの独特の語り口と構成は、
彼が望むとおり、外に向かって開かれるバスク文学の
窓かもしれない、と思った。
間もなくバスクへと旅立つ金子奈美さんと白水社に感謝!
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